
上高地という素晴らしい自然の中に建つ上高地帝国ホテルは、今年で丁度開業80周年を迎える。上高地に入ることができるのは4月27日から11月15日までで、それ以降は入山禁止となるため上高地帝国ホテルは4月26日から11月9日までのみの営業となる。上高地帝国ホテルは毎年予約開始(2013年は2月1日)と同時にほとんどの部屋が満室になるという非常に人気の高いホテルとして有名だ。特にハイシーズンの予約の取りにくさは格別だ。私は今年のお盆休みのネット予約に挑戦し、穂高連峰を臨むベランダ付きの部屋2連泊をゲットした。部屋数は70、メインレストランは2、よって、それぞれ1回ずつ利用することにしてディナーも予約しておいた。
上高地には初めて訪れる。いろいろ調べた結果、名古屋からの車でのアクセス方法は2つあるが、中央道〜沢渡ではなく、東海北陸道〜平湯の道を選択した。これは正解だったと思う。朝5時半には東名名古屋インターを入り、ひるがの高原SAで休憩し、快適な道で全く渋滞もなく8時半には平湯温泉のアカンダナ大駐車場に停めることができた。駐車料金は1日500円。しかし850台収容のこの駐車場もすでにほぼ満車状態であった。おそらく大部分は宿泊客で、朝早いのでまだ帰宅時間ではないからであろう。
すでに上高地を予感させる緑の小道を1-2分歩くとタクシー乗り場がある(更に向こうにバス乗り場がある)。ここで待つことしばらく。たまに到着するタクシーに2組の先客が乗り込み、電話で呼んだ方が早いかと思い始めた頃「宝タクシー」が来た。このタクシー会社は平湯温泉に営業所がある。運転手は菅沼千恵子さんという方。とても感じが良く、上高地がはじめての私たちに観光ガイドよろしくいろいろ教えてくれた。「窓を開けてみてください。ほら、エアコンがいらないって分かりますでしょ…ほら、ここが大正池です。まだお時間が早いですから、帝国ホテルに荷物を預けられたら、ここに戻ってみてください。私は平湯まで戻らなくてはいけないので、チェックインの間お待ちして、大正池までお送りしますよ」その言葉に甘えて、そうさせてもらった。平湯から上高地まで所要時間20分ほど。タクシー料金は定額4,000円+有料トンネル通行料550円x往復分で合わせて5,100円である。
緑の森の中に突如として現れる鮮やかな真紅の屋根。上高地帝国ホテルは上高地のシンボルだ。フロントに荷物を預けていると、総支配人の大瀬さんが挨拶に来た。予約時にちょっとしたトラブルがあったのでそのお詫びに来たのだ。すでにお詫びの手紙を頂いていたので丁寧なことだと思った。後ほど部屋には80周年記念の記念品とともに、お詫びのメモと帝国ホテル特製のお菓子が置かれていた。つくづく丁寧なことである。この大瀬さんは、毎日フロントに現れて宿泊客に挨拶をしている。こういったことも山岳リゾートホテル独特の点だろう。大きなシティホテルで総支配人が直々にロビーで客に挨拶することはめったにない。チェックアウト後は私たちは大瀬さんとホテルの前で記念写真を撮ることになる。
さて、菅沼さんに大正池まで送ってもらいそこを起点に上高地の散策を開始することにした。時刻は9時半。雲一つなく晴れ渡り澄み切った空。天候ばかりはどうしようもない。思えばこの2泊3日の旅行の間中、真に素晴らしい天候に恵まれた旅であった。大正池は上高地を代表する名所の一つ。大正4年に焼岳の噴火によって梓川がせき止められて突如出現した池だ。立ち枯れの木々が有名。詳しくはここを参照あれ。朝靄に包まれる神秘的な姿は後日に見るとして、明るい景色の中の大正池も美しいものであった。この時間にはすでに観光客も多く、ボートで楽しむ人達もいるほどだ。透き通った水には穂高連峰が映り込み、有名な立ち枯れの木の前を上高地のあちこちの池で見ることになる鴨たちがすいすいと泳いでいる。

朝9時半頃の大正池。水底の石の色まで分かる透き通った水。立ち枯れの木。ボートで遊ぶ観光客。


上高地の主?鴨。全く人を怖がらない。観光客も脅かしたり、餌を与えたりはしない。そういうマナーが自然とできあがっている。
大正池から帝国ホテルまでの道のりは3kmほど。風景を見るため休憩したりしながらのんびり歩いて1時間20分ほど。美しい林の中を歩く。どこを撮っても絵になる風景だ。その素晴らしさは次からの写真を見て頂けば説明不要だろう。

探索路は所々このように整備されている。林の中を抜ける木の遊歩道。上高地はゴミ箱がなく持ち帰り制なのだが、どこにもゴミは落ちていない。旅行者はそのルールを守る。さすがジャパン・クオリティである。

上高地は標高1,500m。そこから3,000m級の穂高連峰を臨む。名古屋からたった3-4時間で、日本とは思えないこの風景に出会えるとは驚きだ。


どこから見ても透き通った梓川。川底の石の色がはっきりと分かる。

トレンツ・リャドやモネの絵かと見紛う景色。

池の奥に橋が見える。この構図、まさに印象派の絵だ。

これが実在する風景であるという驚き。上高地は昭和27年日本で初めて「特別名勝」と「特別天然記念物」に同時指定されている。リャド好きの私は、つくづく生前のリャドに見せてあげたかったと思う。

だけどこんな看板を見るとドキッとする。滞在中も「さっき小熊がいたから気をつけて」と言ってすれ違う旅行者に出会った。私たちは鴨や猿や蛇には出会ったが幸い熊には出会わなかった。

大正池から帝国ホテルまでの間には田代池という景勝地もあるがそれはまた後日訪問することにして、この林を抜けるともうすぐ帝国ホテルだ。林の中ではホトトギスなどの野鳥がいつもさえずっている。

裏から見た帝国ホテル。緑の間から見える赤い屋根がまぶしい。
晴れ渡った青空。日差しが照りつける中でも、日陰に入ればひんやりとする、熱中症とは全く無縁の別世界。まぶしい緑の中で、明らかに酸素の量が多いと実感する。夢の中のように美しい景色を眺めて散策した心地良い疲れを感じつつ、食べる食事は、都会の同じものと比べて5割増しに美味いに違いない。帝国ホテルのお昼はこのカジュアルレストラン「アルペンローゼ」で決まりだ。宿泊者だけでなく、日帰りの旅行者も有名なカレーを求めて長い列ができる。しかし予約名簿に名前を記せば、並ばなくても、順番になればホテルマンが歩き回って呼び出してくれる。
レストランはカジュアルな山小屋風の造り。どうということはない。ビーフカレーとハッシュドビーフが2枚看板。カレーを注文。2,520円。例えば家族4人でお昼にカレーを食べて1万円ってことだから、とんでもない値段だ。サラダのドレッシングは興味深い。なぜなら小学校の時に家庭科で作った味だから。つまりは素朴で伝統的。ビーフカレーは一瞬二人分かと思った。量はたっぷりだ。ご飯の量も少なくはない。肉も軟らかくて美味しい。やはり伝統的に美味しいカレーライスである。コストパフォーマンスは悪いが、場所とブランドからは何ら問題ない。

お昼時「アルペンローゼ」長蛇の列。

ボリュームたっぷり、帝国ホテル伝統のビーフカレー。
帝国ホテルのチェックインは2時(チェックアウトは11時)、お腹も満たしたことであるし、有名な河童橋まで散策しよう。片道30分ほどの距離。帝国ホテルから河童橋の間にあるバスターミナルには、すでに帰りのバスを待つ長蛇の列ができていた。バスターミナルには観光センターなどの施設も集まっている。トイレは梓川の浄化を保つ資金のために募金制。100円が相場。広場には自由に水を汲める天然のミネラルウォーターもある。バスターミナルから河童橋まではすぐだ。河童橋周辺にはホテルやお土産屋、ソフトクリーム屋などが集まり賑わっている。橋の上ではカメラを構える人が大勢。上高地のランドマーク、河童橋についてはここを参照あれ。

バスターミナルの列。

梓川から河童橋、その背景の穂高連峰。

河童橋手前にあるソフトクリーム350円は飛ぶように売れていた。美味しい。

どこにでもいる奴(笑)

橋の上は大勢の人で賑わっている。

橋の上から見た梓川。どこから見ても透き通った川だ。

川沿いを歩いて帝国ホテルまでもどる。まるでカナダかどこかの風景のようだ。このように天気がよい日の上高地は最強に違いない。
さて帝国ホテルにチェックイン。部屋には帝国ホテル特製100%フルーツジュース2本、ミネラルウォーター2本、80周年記念クリアファイル、2013年のイヤープレートと例のお詫びのフルーツガレット6個入りが置かれていた。すでに記したとおり今回の部屋はベランダ付きツインルーム、1泊48,510円(税・サービス料込)。このベランダ付きというのがグレートだ。ベランダからは穂高連峰が見える。さらに今年はペルセウス座流星群の当たり年であり、まさにその日に、都会の明かりのない、空気の澄んだ、晴天の上高地の、このベランダから見ることができるという絶好のタイミングとなったのである。

ツインルーム。寝心地のよいベッド。午後5時半以降にターンダウンサービスがある。その際、チョコレートを置いていってくれる。


バスルームとトイレは一緒。トイレはウォシュレット。

明るい洗面台。アメニティはオリジナル。

暖房器具はあるがエアコンはない。扇風機だけで十分。温度調節は窓の開け閉めで行う。虫がいるので網戸は必須。蚊はあまりいないが電気蚊取りもある。窓を開けていれば真夏でも涼しい。夜は外は寒いが窓を閉めれば暖房はいらない。テレビ、DVD、冷蔵庫(中身は普通に有料)、セーフティーボックス、スリッパ、パジャマ、バスローブがある。廊下の音は聞こえるが、隣の部屋の音は聞こえない。

ベランダから穂高連峰を臨む。

デッキチェア2つと机。もう少し広ければもっと夜空が広く見えたのに。
夜は服装を着替えて、7時45分スタートのディナーをとりに「ダイニングルーム」へ。コース料理は2種。白樺(12,600円)と神河内(14,700円)、前菜2品とデザート、コーヒーは共通で、魚料理と肉料理が異なるそれぞれ5品のコースだ。白樺を注文した。また私はシャンパン(コント・ド・ノワロン)と白ワイン(ムルソー)と赤ワイン(アロース・コルトン)のグラスがセットになったもの(5,500円)も注文した。山岳ホテルらしい重厚な木を使った内装はクラシックでオーソドックス。料理の方もそうだ。味や、演出では都会の単立レストランの方がもっと素晴らしい店があるが、帝国ホテル伝統の雰囲気というものがある。
特に良かったのは前菜のスープだ。緑アスパラガスのスープ、トマトスープ、カニのジュレと三層構造になっていて、素材の味を生かした素朴な味付けながら、美味しくてセンスの良い構成であった。肉料理の仔牛はフィレとリードヴォー(胸腺)の二種類の味比べができる。胸腺はレバーのようなクセもなく、フォアグラとも違い、どちらかというと鶏肉のような味わいで結構好きだ。デザートの前にはオレンジの皮を薄く切って炎を付けるパフォーマンスがなされる。案外地味で、どうなの?と思うが、少しでも楽しませようという意図が伝わって、ほほえましい。料理の種類は日替わりのようだ。
部屋数70に比して上高地帝国ホテルのスタッフ数は多いと思う。東京大阪の帝国ホテルスタッフから、上高地の営業期間だけ選抜して送り込まれる。その中には教育係もいるが、研修生も居る。田舎の不便さを帳消しにするほどの素晴らしい気候の中で、きっと生き生きと仕事をしているのだろう。楽しげであるが、洗練されていないスタッフがいるのも事実。しかし上高地の自然は、そんなことも気にならない気分にさせてくれる。







フロント。

ロビーラウンジの巨大なマントルピースは上高地帝国ホテル内装のシンボルだ。
朝食は和食が「あずさ庵」で予約制、洋食は「ダイニングルーム」で時間指定なし。ともに3,000円ぐらい。前夜が流星見物のため遅い朝食を取ってから、山の方に向かって明神池まで散策。明神池についてはここを参照あれ。片道3.5kmほどの山道を1.5-2時間ほど歩く。河童橋から明神池までの道程は、梓川の左岸と右岸の道がある。行きは南側に位置する左岸を、登山者と一緒にひたすら林間を歩き、帰りは北側の右岸を歩いた。距離は左岸の方が短いようだが、景色はだんぜん右岸がよいので、距離の長さを感じさせない。道も左岸は石ころの多い山道だけだが、左岸は木の遊歩道や山道など起伏に富んでいて飽きない。左岸は登山者で人が多いが、右岸は一般の観光客がちらほらいるだけでそれもいい。すれ違う人と挨拶を交わしながら歩む。ときには川のせせらぎで涼をとる。しかし服装や、特に靴は大事だ。サンダルの女子を見かけたが足が痛そうで気の毒でしょうがなかった。もしもデートなら男がしっかり下調べをすべきだ。スニーカーやトレッキングシューズだったら何倍も楽しかったろうに。

河童橋から梓川左岸の林間をだだひたすら歩き続けて1.5時間ほどで明神橋に到着する。ここまで来ると宿がありトイレや食事ができる。

明神橋を渡ると明神池はすぐ。明神池は穂高神社奥宮の神域にあるため拝観料300円が必要。神社の中には上高地を世に広めたウェストン氏を案内した嘉門次さんの小屋があり岩魚塩焼きなどを販売している。
さて大正池や河童橋など素晴らしい景色を堪能した後で、わざわざ300円払って明神池を見る価値があるか? 答えは、ある、絶対だ。この静まりかえった神秘的な景色はまさに神降地と呼ぶに相応しい。山道を歩いた疲れが浄化されるようだ。明神池はメインの一之池と小さな二之池に分かれている。二之池は岩が点在し山水画のような風情だ。岩の小道を、足許に注意しながら更に奥に進むことができるが、突き当たりまで行っても特に見るべきものはない。まあアスレチック気分を味わうことはできるが。

明神池の一之池に桟橋が延びている。

写真で見るより実際はもっと静謐で神秘的。

二之池は小ぶりで石庭のよう。たいしたことはない。

アスレチック気分で更に奥に進むこともできるが特に何もない。

明神池の対岸の木の上に鳥のようなものがいた。どうやらコウノトリのようだ。何となく神々しい。

帰りの道は梓川右岸道。美しい林間を歩く。


時には川のせせらぎの横で休憩しながら。

分岐点にはこのような立て看板があり目的地までの道程を確認する。

河童橋から帝国ホテルまでの道も梓川右岸を通ってみると、明治時代に上高地を世界に紹介したイギリス人牧師ウォルター・ウェストンの記念碑が見られる。
夜はまた服装を着替えて、7時30分スタートのディナーをとりに「あずさ庵」へ。和食は懐石12,000円、14,000円の2種、しゃぶしゃぶ12,000円、鉄板焼きコースもある。しゃぶしゃぶにした。はじめに食前酒が出される。飲めない人はリンゴジュース。前菜は山芋を固めたもの。見た目は鹿児島の和菓子カルカンのようで、味はとろろ。美味しい。しゃぶしゃぶの和牛は岩手産。よく行くしゃぶしゃぶ屋と比べて一口大の大きさは小さめでやや厚みがある。量的に多くも少なくもない。ちり酢とごまだれで頂く。野菜、豆腐、餅なども適度な量。ご飯と味噌汁と漬物。デザートはフルーツゼリー。料理とサービスは悪くないが特別良くもない。内装は特に凝った造りでもなく、高級感もない。楽園のような上高地で80年に渡り一流であり続ける天下のImperial Hotelのレストランである。都会の日本料理屋と比べる必要はない。しかし欲を言えば、全体的にもう少し高級感が欲しいところだ。




さて翌日は朝5時に散歩に出発だ。なぜならば上高地名物「朝靄の大正池」ならびに「朝靄の田代池」を見るために。田代池までは25分、そこから大正池までは更に15分。日の出は5時5分。急がねば。朝はまだ寒いので防寒して出かける。熊のことを考えると多少不安だったが、猿に会ったぐらいで問題なかった。

田代池近く。幻想的な夢の中のような雰囲気。5時30分。田代池はちらっと見てまた後で寄る。

さあ大正池に着いた。

5時45分。朝靄に間に合った。湖面に映り込む山と森。何と幻想的な風景か。


すでに何人もの観光客がいて記念撮影をしている。

木の遊歩道を通って田代池に向かおう。

田代池は池と言うよりは湿原状態になっている。大正池もそうだが年月と共に池はどんどんと縮小していっている。

6時20分の田代池。まだ朝靄に包まれている。

リャドやモネの絵のような風景を眺めながら帰る。

林の中に朝日が差し込んで来た。野鳥のさえずりも始まっている。
帝国ホテルに戻り「ダイニングルーム」でアメリカンブレックファスト。ギフトショップでお土産を買い、11時にチェックアウト。タクシーで平湯に戻り、渋滞知らずの帰路となった。上高地は気候が良く、美しいとは聞いていたが、これほどまでとは思わなかった。天候に恵まれたことも幸いしたのだと思う。普段運動をしていない私たちが3日間で11時間歩いたことになるが、その疲れはただ心地良いものであった。
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